300年以上も人びとの営みがあった地区の全戸移転(廃村)の話

★300年以上も人びとの営みがあった所の全戸移転(廃村)の話

郷土史研究会として
地元の古老にインタビューをした。

2005年に全戸移転(廃村)を終えた握津(あくつ)地区
(川越市の荒川堤防外・さいたま市と隣接)
のことを知りたかった。

もっと詳しく言えば、
地区に残る“道しるべ”について、
話を聞きたかったのだ。

300年以上も人が住み、人びとの営みがあった所だ。

度重なる水害で移転が始まったのは昭和一桁のころ。

一時は戸数が増えたこともあったらしいが、
最終的に全戸の移転を終えたのが平成17年(2005年)。

ここはどこかの山奥ではない。
都心からさほど遠くない、
通勤圏に入るといってもいい地域だ。

それが全戸移転(廃村)ということを聞いて、
興味を持ったのは10年以上前のことだ。

結局“道しるべ”については、
詳しい話は聞けなかったが、
洪水のことについては記憶も生々しく語ってくれた。

古老××「自分の中では昭和16年の洪水がいちばん大きかった。
床上3尺まで浸かったね。
その時、強制移住させられた家もあったが、
国からの補助金はわずかだったと聞いている。
土地を買い上げてくれることもなかったようだ」

古老××「昭和33年の洪水の時には蚕を流してしまった。
このときは床上33センチまできた。
昭和43年の洪水もゴルフ場が水に浸かりひどかったね」

古老××「最近では平成11年の洪水が
床上25センチまできて大きかったね。
荷物を二階に上げたが、
間に合わないものもあった。

畳も水で持ち上がってしまった。
一旦水を吸った畳は水が引いても
重くて持ち上げることが出来ないのだよ。
買ったばかりの新しい農機具もパーになった」

平成11年の洪水は僕も覚えている。
たまたまその時、写真も撮っていた(下)

洪水1IMG_0020
水に浸かったゴルフ場(右端上、わずかに見えるのが荒川)。東側(写真左側)に、当時民家が十数戸あり、床上まで水に浸かった(平成11年8月14日撮影)



シリーズ・コレってちょっと気になるなァ 2  干上がった池のゴルフボール(20011年7月撮影)
11.7.3ブログ用 (46)
ゴルフ場が洪水で水をかぶると、
水が引いたあと、
芝の上やバンカーに溜まった泥を洗い流すか
取り除かねばならない。
そんな洪水にも困ったものだが、
正反対の日照り続きも同じように困る。
昨年は空前の日照りで、
芝を傷めたゴルフ場が多かったと聞く。
今年も、台風6号が来る前は、
暑い日が続いた。
ために、フェアウエー内の池の水がなくなり、
池ポチャのボールが姿を現していた。
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 埼玉県在住。男性。1945年生まれ。4年間の延長を含む42年間の会社勤め後、2010年4月にリタイア。その後の今をどのように過ごしているのか。ここに居てここに記す「ここの記」

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